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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)283号 判決 1981年3月10日

原告

株式会社佐竹製作所

被告

特許庁長官

主文

特許庁が昭和55年8月8日、同庁昭和52年審判第13928号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2当事者の主張

1  請求の原因

1 特許庁における手続の経緯

原告は、昭和49年5月20日、特許法(大正10年法律第96号―以下、「旧法」という。)第9条第1項の規定により昭和34年2月3日出願の特願昭34―3468号(公告昭和35年10月3日、特公昭35―14468号)(以下、「原出願」という。)からの分割出願として、名称を「穀粒選別機」とする発明について特許出願(特願昭49―56406号)したところ、昭和52年8月15日拒絶査定を受けた。

そこで、原告は、昭和52年10月20日、審判を請求し、昭和52年審判第13928号事件として審理された結果、昭和55年8月8日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決がなされ、その謄本は昭和55年8月20日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

「選別板の表面に粗雑面を構成し、その横方向の一方には供給タンクをのぞませ、他方には、排出口を設けて縦方向に傾斜角αに沿い傾斜させ、エキセントリック装置のような揺動機構により選別板を縦方向に斜め上下に揺動角βに沿い揺動させ、しかして傾斜角αを揺動角βより小にして成る穀粒選別機」

3  審決の理由の要旨

(1)  本願は、昭和34年2月3日に出願した特願昭34―3468号(原出願)の分割出願と主張する昭和49年5月20日の出願であり、その発明の要旨は、前項のとおりのものである。

(2)  請求人(原告)は、分割出願による出願日の遡及を主張しているので、まず本願の出願日を何時とすべきかについて検討する。

本願は、原出願が出願公告された昭和35年10月3日より後の昭和49年5月20日に原出願の分割を主張して出願したものである。

ところで、原出願に適用される旧法第9条第1項に規定する特許出願の分割の対象となる発明は、当該特許出願の願書に添付された明細書〔旧法施工規則(大正10年農商務省令第33号、以下「旧規則」という。)第37条第1項〕の「特許請求ノ範囲」(旧規則第38条第1項第5号)に記載された発明を指し、明細書の「発明ノ詳細ナル説明」又は願書に添付された「図面」にのみ記載された発明は含まないと解され、また旧法第9条第1項の分割出願をなし得る時期は、出願人が願書に添付した明細書又は図面について訂正をすることができる時又は期間内に限られると解される。

そこで、原出願をみると、原出願の特許請求の範囲にはただ一つの発明しか記載されておらず、しかも、原出願について明細書又は図面の訂正をすることができる時又は期間内に本願が分割出願されたものでもない。

したがつて、本願は適法な分割出願とは認められないから、その出願日は、現実の出願日である昭和49年5月20日である。

(3)  そして、本願発明と原査定の拒絶理由に引用された特公昭35―14468号公報(原出願の公告公報)に記載された発明とを比べると、両者が同一であることは明らかである。

したがつて、本願発明は、特許法第29条第1項第3号の規定によつて特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決は、本願は適法な分割出願とは認められないとして、出願日の遡及を認めなかつたが、次の点に誤りがあり、この誤りは審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるので、違法として取り消されるべきである。

(1)  審決は、旧法第9条第1項に規定する特許出願の分割出願の対象となる発明は、明細書の「特許請求の範囲」に記載した発明を指し、明細書の「発明の詳細なる説明」又は「図面」のみに記載した発明は含まないものと判断した。

しかしながら、旧法第9条第1項に規定する「2以上の発明を包含する特許出願」とは、「特許出願を構成する願書、明細書および図面等に2つ以上の発明を含んでいる。」の意味で、分割出願の対象となる発明は、原出願の願書、明細書および図面等に含まれている2以上の発明の1つを指すもので、審決が認定するように、原出願の明細書の「特許請求の範囲」に記載する発明とは限らない。

しかも旧法第9条その他の条文に照らしても分割出願をなし得る時期は、出願人が明細書又は図面について訂正できる時又は期間内に限る旨の明文はないから、分割出願できる時期は、原出願が査定又は審決確定前の出願中であればよいと解すべきである。

特許制度が発明を公開して産業界に新知識をひろめ一般にその発明を利用させる代償として発明者に一定期間の独占権を付与してこれを保護する制度であることから見ても右の如く解するのが正しい。

発明者は、その発明を特許願書、明細書および図面により公開することにより、「特許請求の範囲」に記載した発明のみならず、この発明に関連して「発明の詳細な説明」の欄や「図面」により別の発明をも公開するものであるから、それ等の発明をも分割出願することにより出願日をもとの出願のそれに遡及させて独占権をあたえるべきである。

(2)  審決は「旧法第9条第1項の分割出願をなし得る時期は、出願人が、願書に添付した明細書又は図面について訂正をすることができる時又は期間内に限られると解される。」と説示し、「原出願について明細書又は図面の訂正をすることができる時又は期間内に本願が分割出願されたものでもない。」として本願を適法な分割出願ではないと認定した。

しかしながら、原出願は旧法第75条第5項の規定により昭和49年4月19日付で特許庁審判長より明細書の一部を訂正するように指令を受けた。

そこで、原告はその指令期間内の昭和49年5月20日付で原出願につき訂正書を提出すると同時に旧法施工規則第44条に規定するとおり原出願を分割して本願発明を新たに出願したのである。

このように本願発明は、原出願を訂正することができる期間内に原出願を分割して新たに出願したものである。

2 請求の原因に対する答弁

請求の原因記載の事実は、すべて認める。

理由

1  請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。

右争いのない事実によれば、本願は、旧法第9条第1項の規定により分割出願されたものであるが、その原出願(特願昭34―3468号)は、昭和34年2月3日に出願され、昭和35年10月3日に特公昭35―14468号として出願公告されたことおよび原出願については旧法第75条第5項の規定により昭和49年4月19日付で明細書の訂正が命ぜられ、これに応じて原告は、その指定期間内に同年5月20日付で原出願につき訂正書を提出すると同時に旧法施工規則第44条に規定するとおり原出願から分割して本願発明を新たに出願したものであることが明らかである。

そして、旧法第9条第1項の規定による分割出願において、もとの出願から分割して新たな出願とすることができる発明とは、特許制度の趣旨に鑑みると、もとの出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲に記載されたものに限られず、その要旨とする技術的事項のすべてがその発明の属する技術分野における通常の技術的知識を有する者においてこれを正確に理解し、かつ、容易に実施することができる程度に記載されているならば、右明細書の発明の詳細なる説明ないし右願書に添付した図面に記載されているものであつても差し支えないと解するのが相当である(最高裁昭和53年(行ツ)第101号昭和55年12月18日判決参照)。

したがつて、本件出願は適法に分割されたものであり、審法が、「原出願の特許請求の範囲にはただ一つの発明しか記載されておらず、しかも、原出願について明細書又は図面の訂正をすることができる時又は期間内に本願が分割出願されたものでもない。」と判断して、出願日の遡及を認めなかつたのは誤りというべきである。

右の誤りが、審決の結論に影響を及ぼすべきものであることは明らかであるから、審決は、違法として取消しを免れない。

2  よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由があるので、これを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(杉本良吉 高林克巳 舟橋定之)

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